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Öztürkçe
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Merhaba! (メルハバ=こんにちは) Teşekkür ederim(テシェキュル・エデリム=ありがとう) ボスボラス海峡から中央アジアへ トルコ語はトルコ共和国内で使われているのみならず、トルコ系の住民が、かつての大帝国の盛衰によって、長い歴史の間に特に東方へ流れ続け、ついにはその語族が中国のシンチャン・ウイグル地区にまで広がった、ユーラシア大陸をまたにかけた言語となっています。「トルクメン」「トルキスタン」「ダッタン」「チュルク」などの名前は皆、同じ系統であることを示しています。その種類はざっとあげただけでも、下記に示すとおり少なくとも17種類がみとめられるのです。
トルコ語はユーラシア大陸を東西に広がっているにもかかわらず、その方言による差は意外にすくない。たとえばウイグル語をみると、使われている代名詞までが大体同じです。ピレネー山脈を隔ててほんのわずかな距離にあるフランス語とスペイン語の間でも相当の開きがあるというのに! 今のトルコの経済力や国際的な影響力から考えると、トルコ語は地域語と見なされることが多いのですが、「薄い広がり」を考えに入れると、アラビア語ほどではないが、かなり広域に通用する「シルクロードの公用語」と見なされることが多くなっています。特にソ連崩壊後、中央アジアに数多くの国々が誕生しましたが、その中にはトルコ語そのものではないにしても、実に近縁だといえる言語が話されているのです。 日本語と似た文法 トルコ語の文法構成は、今は分類用語としてあまり使われなくなった、いわゆる「アルタイ語族」に属しています。つまり、日本語や朝鮮語と実によく似た構造を持っているのです。まず語順がほとんど同じであること。「が」「は」「も」といった助詞(後置詞)の使い方もそっくりです。しかも「連体形(英語のような関係詞節がない)」「連用形(英語のような副詞節がない)」があり、古代日本語を彷彿(ほうふつ)とさせる規則によって機能しています。
ただし、かつてトルコ帝国として、ヨーロッパの西部やアラビア半島方面に侵入しただけあって、ヨーロッパ系言語の影響を強く受けています。そのもっとも大きな影響は動詞や名詞、述語のあとにつく「人称語尾変化」でしょう。アラビア語にしても、現在のヨーロッパ南部の言語にしても、主語をわざわざ言わなくともわかるほど、主語の人称によって、やかましい規則が存在します。 周辺諸国に攻め入ったトルコ兵たちは、その地域の住民と交わるうち、きっと自分たちの動詞にも名詞にも、人称語尾を付ける習慣を身につけてしまったのでしょう。ビザンチン帝国などで使用されていた、ラテン語の影響が大きかったのだと思います。 ユーラシア東部の日本語や朝鮮語にはそんな変化はほとんど存在しません。この点だけが、他のアルタイ諸語とはっきり違う点でしょうか。言語本来の性質ではないだけに、その運用は規則的です。「不規則活用」とは、歴史が古く人々の口にしみついたものほどその度合いがひどいのですから。これに対し規則的活用は、それが始まった歴史がかなり浅いか、誰かが人工的に創り出したと思われるふしがあります。
このように考えると、トルコ語に人称語尾が入り込んだのは、だいぶ時代が下ってからのことでしょう。ですから、このことだけで他のアルタイ諸語と大きく切り離す必要はないし、それどころか勉強すればするほど、日本語と似ている点が増えてきて仕方がないというところです。トルコ語の勉強は過去と現在の日本語を知るのに大いに役立つのです。 語尾を変えるだけの動詞変化 日本語でも「行きます」・・・「行きました」という具合に 「・・・した」をつければ過去を表すようになってしまうように、トルコ語でもうしろを少しいじくれば、たちどころに様々な時制や状況表現が生まれます。ただ文法研究の歴史が違うために、それぞれの言語で勝手な名前が付けられてしまっています。将来、統一的な研究を続ければ、朝鮮語、日本語、トルコ語の「共通文法用語」の実現は決して不可能ではないと思います。 文字がアルファベットであるおかげで、発音がどう変わるかを、初学者でも視覚的に理解することができるのはありがたい。あとで述べる、母音調和や子音調和の規則ははじめのうち煩わしく感じられますが、繰り返し練習を積むと、日本語ではすでに捨て去られてしまった、トルコ人たちが長い年月の間に積み上げてきた、「発音しやすくする」ための知恵と豊かさに感心するようになるでしょう。 新旧入り交じる単語 語彙は、さすが東西のぶつかり合う地点に位置するだけあって、実にさまざまな方面からの外来語が取り入れられています。その中でも目立つのは、「キターブ(=本)」に代表されるような、アラビア語からの借用語です。文字はアタチュルク Atatürk 大統領(1881ー1938)による大きな変革が行われるまで、アラビア文字が用いられていました。現代では英語はもちろんのこと、「 bilet (=切符)」に代表されるように、ラテン系統からの語彙もかなり使われています。
もちろんトルコ半島本来の土着の言語が中心なのは言うまでもありません。ただし、これらはその響きがヨーロッパ的でもなく、アラビアやアジア諸国の語彙とも違うので、日本人にとっては「ゲネギョリュシェリム(=さようなら)」のように、とても覚えにくい音素の連なりでできています。ほかの言語ですと、日本語なら何らかの単語からの連想で覚えることがかなり多いのですが、この「さよなら」の場合、「下値・魚竜シェリム」などと、訳の分からない漢字の当て字をするなど、かなり苦労しなければなりません。 アルファベットと発音 アタチュルク大統領は1928年に、それまでのアラビア文字からアルファベットへの変更を断行しました。アラビア文字は、アラビア語でなくともいくつかの言語で利用されていますが、彼の考えは、トルコ文化の純粋性を保ち、中東の影響から一線を画すには、文字の点からも独立しなければならないと考えたようです。おかげでトルコ語学習者は、いくつかの特殊な記号をのぞいて英語と同じ文字で勉強することになりました(29個)。 発音は、アラビア語と比べて学習者にとって特に難しいものは見あたりません。8つの母音と、21の子音がありますが、日本人にとってはどれもうまく発音ができるでしょうから、特別な訓練は必要はありません。しかもアルファベットに移行してからまだ日が浅いので、不規則な綴りや、発音の特例がまだまだ少ないのです。
アルファベットでの、英語との主な相違点としては、 c, g, i, o, s, u に対してそれぞれ特別記号のつくものがあること。またこのうちで i に関しては、大文字の場合、H のすぐあとの「点なし」 I の方がトルコ語特有の母音を表し、そのあとのてっぺんに「点」がついている İ が普通の英語の I に相当します。小文字のほうも同じ順序です。また、上の表を見て気づいたと思いますが、Q と W がありません。 母音調和と子音調和 ただ、どうしても特記しておかなければならないのは、古代日本語にもあり、現代日本語にも残っている、口の形をなるべく変えないで楽に発音するためにできた習慣です。「酒屋」を sakeya と発音するよりも sakaya と発音する方が楽なのは、a-e-a と母音を切り替えるよりも a-a-a と同じままの方がはるかにスムーズに発音できるからです。これは<母音調和>と呼ばれます。 トルコ語ではまず、母音を口を大きく開けるタイプと、小さく開けるだけでよい二つのグループに分けます。さらに口の形に従って4つのグループにも分けます。母音が隣り合わせのときはそのグループ内に含まれる母音を使うという規則があるのです。(文法手帖参照)一方、<子音調和>もあります。「酒 sake 」を「深酒」にするとき hukasake よりも hukazake のほうが発音が楽ですね。無声音 s より有声音 z のほうが次に続きやすい現象がこれです。これがトルコ語にも見られます。 これらのやり方は規則化し、しっかりと文法規則の中に組み込まれるようになりました。そして日本語と違って、今でも忠実に守られています。気をつけるべきことは、トルコ人は明確な音、特に明確な母音を要求するということです。これはほかの言語ではあまり見ない現象です。 たとえば英語では e をさかさまにしたような発音記号で表す、「あいまい母音」というものが存在します。これは一応母音でありながら、「a i u e o 」のいずれの音であるかはっきりしません。しかも、これは英単語のアクセント位置にないので常に弱く発音され、誰もその存在を気にしないし、それによってコミュニーケーションが阻害されることもありません。 ロシア語でも、ヒンディー語でもそのようなあいまいな母音が存在します。多くの場合、その音がつづりの中に反映されていません。これは「子音中心主義」とでもいえる傾向で、子音さえきちんと聞こえればその意味がつかめるということです。 トルコに隣接するアラビア語使用国では、子音を中心にして、わずか3つの母音を<交替>させることにより、動詞の活用や、品詞の転換が行われています。トルコ語はその影響を受けたのでしょうか、たとえば2人称複数の接尾辞は子音の s-n-z の3つが含まれていますが、siniz/sınız/sunuz/sünüz のように母音調和に基づいて発音し分けなければなりません。これは学習者にとってはなかなか面倒なことです。 日本人は奈良時代の頃はこれに似たことを忠実にやっていたようですが、いつの間にかその大部分を捨て去ってしまいました。トルコではいまだにこの形式がきちんと守られているのです。
さらに、英語での学習サイトがあります。 Hoşçakalın (ホシュチャカルン=ごきげんよう) 2002年1月初稿・2008年7月追加 |